『 第7話 紅葉真っ盛り! 京都駅から東福寺へ 』
絶好の秋晴れ! 京都駅中央改札は多くの人で賑わい、観光地へ向うバス乗り場には長い列が〜! しかし、今日はそれを横目にしながら、歩いて東本願寺へ。 観光シーズンのピークの日には、徒歩に限りますね〜。
お東さんのろうそく (夜)
お東さん(東本願寺)
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京都タワー
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東本願寺
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京都の人々が “ お東さん ” と親しんで呼ぶ 『 東本願寺 』 は、現在、御影堂を中心に大規模な修復工事中なんです。 ちなみに、京都タワーは “ お東さんのろうそく ” と呼ばれているんですよ、知ってました? 昭和39年の建設の際、できるだけ京都の景観に配慮して、当時では珍しい円筒形のタワー、つまり、ろうそくの形になったんです。 そこでお隣りの 東本願寺 とセットで “ お東さんのろうそく ” と呼ばれるようになったんです。
渉成園
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渉成園
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さて、大きな 御影堂門 を背にして街中を東へ歩き、仏具店が軒を連ねる細い道の突き当りまで進めば “ 渉成園 ” ( 通称、枳殻邸 ) があります。 ここはお東さんの別邸で、その庭園はまさに隠れた名庭なんです! 大きな池を中心に四季折々の景観を楽しむことができ、今回はもちろん紅葉が目当てです。 色付き始めた紅葉と、手前に広がる大きな池と、奥には “ お東さんのろうそく ”。 ばっちり写真に収めました。 こんなシーンがとれるのも 渉成園 ならではですね。
さて、次なる目的地へ向いま〜す。 渉成園の大きな築地塀に沿って歩いていると、なにやら塀の角が凹んでいます・・・。 あらら? なぜ?
実はこれ、知る人ぞ知る 「 満つれば欠くる世の習い 」 と言って、完成したものは必ず滅んでいく・・・ という世の常を言っているのです。 あえて寺社の建物を完成の一歩手前にしておくことで、今後の益々の発展を願っているのです。 京都御所の北東角の築地塀も凹んでいますし、知恩院の御影堂の屋根の上には、あえて2枚の瓦を置いたままにしています。
さて、ここから “ 正面通 (しょうめんどおり) ” を東へ向いま〜す。 しかし、 “ 正面 ”って名前・・・、なにかの正面? なのかな? それは後ほど明らかに〜♪
任天堂 (記念館)
看板
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任天堂(記念館)
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おっと、左手になにやら歴史を感じる洋風の建物が見えてきました! 看板をよ〜く見ると・・・、 おお〜! ここは、あのファミコンで 一躍世界企業になった “ 任天堂 ” の発祥の場所なので〜す。 任天堂は、花札、かるた、 トランプなどの カードゲーム の製造からスタートしたんです。 だから、看板にも 『 トランプ・かるた 』 と書いていますね。
そういえば、任天堂の会長 “ 山内さん ” は、2005年9月に完成する 『 時雨殿 』
(藤原定家が小倉百人一首を編纂した小倉山に建設中の “ 小倉百人一首記念館 ” ) の建設に、なんと12億円の私財を出しているそうです〜、すごいですね。 時雨殿の開館が楽しみです。
高瀬川を越え、鴨川を渡りま〜す。 この辺りの鴨川原は 『 六条河原 』 といって、昔は処刑場だった場所なのです。 関が原の戦いで敗れた “ 石田三成 ” をはじめ、大泥棒の “ 石川五右衛門 ” もここで釜茹での刑になったとか・・・。ここは足早に行きましょう・・・。
川端通を渡れば、ある銭湯が! 『 正面湯 』 と言って、学生時代に “ らくたびメンバー ” 数人がよく通った銭湯なのです。 ちょっと面白い銭湯で、1F に脱衣所があり、2F 以上にお風呂があって、なんと裸でエレベータに乗り、上のお風呂に行くんです・・・。 知らない人と2人、裸でエレベータに乗るのは、なんとも言えない不思議な感じでしたね〜。
正面湯
耳塚
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正面湯
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耳塚
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さて、ふと右を見ると、 『 耳塚 』 があります。 これは豊臣秀吉が朝鮮出兵をした際、武将達が討った敵の “ 耳 ” を供養したものなのです。 本来、戦場での武功は、討った敵の “ 首 ” の数なのですが、さすがに朝鮮から首を持って帰るわけには・・・、 そこで耳を持って帰った・・・そうです。 その耳を耳塚で供養しているのです。
道幅が広い “ 正面通 ”
豊国神社 鳥居
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幅広い正面通
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豊国神社
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おっと! ここから急に道幅がぐんと広くなりました! 実は、この道こそ、昔の面影を残す “ 正面通 ” そのものなのです!
正面通は、目の前の大きな鳥居のところで突き当たって終点となり、その鳥居の奥は
『 豊国神社 』 と 『 方広寺 』 の境内となっています。 実はこの辺り、豊臣秀吉ゆかりの土地なのです。
慶長14(1586)年、豊臣秀吉はここに方広寺を建立し、奈良の大仏を上回る 高さ25m もある “ 大仏様 ” を造ったのでした。 その大仏様の正面の道ということで、正面通と呼ばれたのでした。 しかし現在は、数度の火災や地震で 大仏様 はなくなり、通りの名前だけが残ったわけです ( 京都らしいですね〜 ) 。
ひょうたん形の絵馬
豊国神社の社殿の門は、伏見城から移築されたものと伝わる国宝建築です。 ちょっと珍しいのは、絵馬の形が秀吉の馬印であるひょうたんの形をしています。
方広寺 鐘楼
鐘の銘文
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方広寺
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方広寺の境内には大きな鐘楼があり、その釣鐘は “ 日本三大釣鐘 ” と言われています。 この鐘の銘文には、驚くような歴史上のキーワードが刻まれています。 それは・・・
『 国家安康 』 ・・・ 徳川家康の “ 家康 ” という文字を 「 安 」 という字で分断!
『 君臣豊楽 』 ・・・ “ 豊臣 ” を君として楽しむ!
徳川家康は、 “ 豊臣家の繁栄を願い、徳川家に不吉な銘文だ! ” とこれを非難し、
ついに大阪の冬・夏の陣へと発展し、豊臣家は滅亡への道を辿ったのです。
たった八文字が歴史を大きく動かしてしまったんですねぇ。 しかし、よく見つけたなあ! と感心します。その引き金となった銘文の文字はわかりやすく、白い線で強調されていました。
ランチタイムは、地元京都女子大学の学生さんにも人気の 『 里 』 へ。 おいしくて安くて、ボリュームも満点のランチをいただきました。
さて、午後からは南へ向います〜。 次は智積院です。
智積院
庭園
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智積院
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『 智積院 』 は、紀州根来山を拠点にした真言宗のお寺です。 現在の場所に移ってきたのは、江戸時代初めで、もとは秀吉の長子鶴松が亡くなり、その菩提を弔うために、秀吉が建てた “ 祥雲寺 ” があったところです。
ここは桃山時代の傑作といわれる、長谷川等伯の襖絵が見所です。 重厚な収蔵庫にはいると壁一面に等伯の絵が・・・。 精魂込めて書き上げられた絵から、等伯の思いがにじみ出てくるような、まさに圧巻の空間でした。
収蔵庫を出て、庭園へ。 桃山時代から江戸時代の特徴である築山を用いた豪放なつくり、武士好みの迫力ある庭は、侘びさびの禅宗枯山水庭園が主流の京都の庭園の中では、目を引きますね。
漬物 ニシダや
漬物がずら〜り♪
< 地図 :
ニシダや
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さて、智積院を後にして、南へ少し歩くと、 『 ニシダやの漬物 』 店があり、こちらの
“ しば漬 ” はとても美味しい! と以前からチェック済・・・、 噂は本当でした! やはりというべきか、場所的にも目立たないとこにありながら、店内は買い物客でいっぱいでした。
大谷園茶舗
抹茶ソフト〜♪
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大谷園茶舗
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その後、更に南に行ったところ、商店街の一角に “ 抹茶ソフト ” の看板を発見! この店は、お茶を実際に扱っているだけに、抹茶ソフトに本物の抹茶の細かい粒が入っていて、これがみんなに大好評!! これはまだどの雑誌にも載ってない!!! まさに歩いたから発見できたって感じですね。
戒光寺 御陵衛士 墓地
藤堂平助 墓
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戒光寺
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御陵衛士墓地
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泉涌寺道の交差点を左折、しばらく坂を上がると、 『 即成院 』 と 『 戒光寺 』 が並んで建っています。
最初にお参りしたのは戒光寺の墓地。 ここには、新選組の参謀で、後に御陵衛士として独立した “ 伊東甲子太郎 ” と、同じく新選組七番組長で伊東に従った “ 藤堂平助 ” の墓があるのです。 大河ドラマでも紹介され、楽しみに行きました。 鉄格子の門を開けて入っていくと、お墓の周りには真新しい献花が・・・。 “ ああ〜ここに永眠してるのか〜 ” と思うと、しばし幕末を疾風のように駆け抜け、意志半ばで散っていった志士に思いをはせてしまいました・・・。
即成院 (泉涌寺塔頭)
那須与一 墓
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即成院
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お隣りの 『 即成院 』 に移り、那須与一のお墓へ。 ここは来年に放映される大河ドラマ “ 義経 ” の家臣で弓の名手であった “ 那須与一 ” ゆかりの寺です。
時は平安時代末期、源平の戦いの終盤、四国の屋島の戦いの休戦中のこと、沖に逃げた平家の船団の中から一艘、小船が出てきて、女人が棒の先に扇を差して示しました。 それを見た源氏の大将義経が、あれを射よ! と弓の名手 “ 那須与一 ” に命じました。 ゆらゆらと揺れる扇を見据え、無心で放ったその矢は見事、扇の真ん中を射抜きます。 両軍その神技に拍手喝采〜。 そんな活躍をした那須与一でしたが、戦いの後は出家し、こちらのお寺で亡くなったそうです。
御寺 泉涌寺
下がり参道
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泉涌寺
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『 泉涌寺 』 に到着〜! “ 御寺 ” と呼ばれ、皇室の菩提寺でもあるお寺です。 今回は泉涌寺には入らず、 “ 下がり参道 ” ( お堂に向かって参道が下っている ) を横目に 『 東福寺 』 へ向かいま〜す。
東福寺 参道
通天橋 と 紅葉の谷
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東福寺
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混雑を避けて、民家の間を通って東福寺へたどり着けば、いやーすごい、人また人。 もう閉門近くの時間なのに、さすが京都屈指の紅葉スポットだけあります。
境内に入る前に橋があり、ここから紅葉の谷を見るのがベスト。 その奥にはたくさんの人で賑わう通天橋が見えます。 紅葉はちょうど半分くらい色付いていました。 国宝の三門や、これまた珍しい、日本唯一の国宝のトイレ 『 東司(とうす) 』 を覗いて、お寺を出ました。
光明院 (東福寺塔頭)
石庭
< 地図 :
光明院
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少し南にいくと閑静で立派な家の中に隠れるように 『 光明院 』 があります。 ここは隠れた紅葉の名所なんです!
志納金を納めてお寺に上がると、重森三鈴氏の傑作 “ 波心の庭 ” に、石が林立する不思議な空間が広がっていました。 その間の取り方、配置にいろんな想像が掻き立てられます。
そしてこの時期は、紅葉が花を添え、見事に調和しています。 ほんとにいつまでもいたくなるようなお寺でした。 お酒の “ 松〜竹〜梅 ♪ ” のコマーシャルで有名になり、JR東海の “ そうだ京都、行こう ” のシリーズでもとりあげられたのもうなずけます。 人の渦にもみくちゃになりながら、紅葉をバタバタと見ること思えば、ほんの少し歩けば、この静寂とこの雰囲気を味わえる、京都の懐の深さですね!
光明寺書院の奥から
丸窓越しに
さあ、東福寺駅へ。 京阪、JR組 に分かれて解散です。
今回もいろんな発見のあった、いいツアーでした。 どの場所を、どんな歩き方をしても、新しい発見がある、それが京都ですね。 これからも、もっともっと京都の奥深さ伝えていきたいと思います。 乞うご期待です。
最後に、ホームページで公開した記念すべき第1回目のツアーに、ホームページを見て参加していただいた、東京のMさんに感謝、楽しい時間が過ごせました。 今後、こういった輪を広げていきたいですね〜。
04.11.29 記:きょうすけ
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