らくたび 京都の旅

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らくたび京都道中記
『 第1話 ・ 私が生まれ育った町 〜 太秦 〜 』




今日はみんなで私の育った町を探訪です〜。


集合は京福電鉄嵐山線(通称:嵐電)の蚕ノ社駅にて集合。
蚕の社の鳥居をくぐり、平安古代から残る社へ。


蚕ノ社  
蚕ノ社


蚕の社とは通称名で、正式名称は木島坐天照御霊神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)という名前です。昔、ここ辺りで秦氏が養蚕をしていて、蚕を飼っていたので『蚕の社』となりました。


鳥居をくぐると、まず目の前には神楽殿。そしてその奥に本殿があります。本殿左側の一段低くなった所に、繁茂した樹木「元糺の森」に囲まれた池があり、それが「元糺の池」と呼ばれる神池。子供の頃にここに遊びに来た時には滾々と水が湧き出ていたハズなのに何故か池が枯れている・・・どうやら五年ほど前から水がわき出してこなくなったらしい。そういえば、母親が夏の土用の丑の日にここに来たときには池に水があったらしいのに、「じゃあ、あの水はひょっとして???」と疑問を抱いてしまいました。


この「糺」というのは =「正しくなす」、「誤りをなおす」という意味で、身に罪や穢れがあるときに、池で禊(みそ)ぎを行なって心身を清める場所だったのです。土用の丑の日にこの池に手足を浸すと、諸病にかからないという俗信仰が残っています。 小さい頃にあの池で「象さんのジョウロ」を持って遊んでいて、神社の鳥居を出たところにはその池の水から引いた野菜の洗い場があって、近所のおばちゃん達が大根とか白菜とかを洗っていたのを見ていました。そう思うと、あの野菜達は禊をはらった、とっても新鮮なお野菜だったのですね。


ちなみに「元」という名前が付いているからには、どこか他にも「糺の森」があるハズ!!と思い調べると、下鴨神社に「糺の森」があるのです。木島神社の由緒書きによれば、嵯峨天皇の時代に潔斎の場をこの社の境内から下鴨神社に遷されたためだという。したがって、本家本元はこちらだと主張するために、木島神社では「元糺」と言っているよう。いつの時代にも「本家争い」はあるのですね・・・


蚕ノ社 三鳥居  
蚕ノ社 三鳥居


神池の上段には、鳥居を3つ組み合わせた特異な形の鳥居が建っている。三柱鳥居(みはしらとりい)と呼ばれるもので、由緒書きでは全国唯一の鳥居であるとなっています(実際には他の地域にもあるらしいのですが。。)四方より拝することが出来るよう建立されているという。創立年月は不詳。。


蚕ノ社から三条通りを歩いて広隆寺へ。木島神社から徒歩約8分ほどで、南大門のある交差点に出る。


広隆寺  
広隆寺


広隆寺といえば、超有名な・国宝第一号に指定された「弥勒菩薩」がおわす京都最古のお寺。聖徳太子建立の七大寺のひとつとされています。


太子建立の七大寺とは、


1.法隆寺(法隆学問寺)、
2.四天王寺、
3.中宮寺(中宮尼寺)、
4.橘寺、
5.蜂岡寺(広隆寺)、
6.池後寺(池後尼寺、法起寺)
7.葛木寺(葛城尼寺)     の七つ。


ただし実際に太子が建立したのは、法隆寺だけで後は聖徳太子にゆかりがあった人々によって建てられたものであるというのが、本当の話らしいです。実際に広隆寺を建立したのは、秦河勝であるという。『日本書紀』を見ると推古11年11月1日、太子は群臣を集めて「私は尊い仏像を持っている。誰かこの仏を祀るものはいないか」と訊かれた。このとき、秦河勝が進んで申し出て「臣(やつがれ)がお祀りしましょう」と言って仏像を貰い受け、蜂岡寺(広隆寺)を作ったのこと。いづれにせよ京都市内では最も古い由緒あるお寺。歴史を感じながら境内へと足を進めました。


やっぱりお目当ては「弥勒菩薩」。教科書で見たことはあるけども、実際に見る機会小学校の時に遠足で行って以来。近所に住んでいながら、なかなか見ることってないんですね。。宝物館の拝観料は¥800
他の拝観寺院だと、大体¥300〜500なのを比べると格段に高い!!これが「国宝第一号」を持っている誇りなのか、実際に宝物館の維持費が高いのか、いづれにせよ、ちょっと痛い出費ですね(^^;
宝物館の中に入ると、そこはもう国宝の山、山、山。。最初に見える十二神将、お目当ての弥勒菩薩半跏思惟像、「泣き弥勒」といわれる宝冠弥勒菩薩像、不空羂索観音、あれだけの国宝を抱えているのはさすがです。


あの弥勒菩薩を見ると、2時間でも3時間でもその場にただずんでしまいそうでした。ふと気付くと私の頬に一筋の涙が。。。


心が洗われた思いになりながら、次は大映通りへ。
昔は松竹撮影所と大映撮影所があったらしいのですが、大映撮影所が撤退して今は松竹撮影所があるのみ。「大映通り商店街」という名だけが残りました。松竹の撮影所に来ている俳優さんがよくこの辺りを通っているらしいのですが、実際には会ったことはありません。。
この大映通り商店街の会長さんをしていた「京つけもの もり」。お薦めは、聖護院かぶらを薄く輪切りにし昆布で漬け上げてある「千枚漬」とゆずの爽やかな風味と香り、京大根のこころよい歯応えが絶妙な「ゆずいり大根」。この日は「ゆずいり大根」を試食しておみやげに買って帰りました! この日の夜はお茶漬けと共に食べました。このさっぱりとした風味がいいんでよね!


結局、芸能人に出会わなかったね・・・とか言いながら、嵐電「帷子ノ辻」⇒「車折」へ。駅を降りると目の前が車折神社。読み方は「くるまざき」。この変わった名前は後嵯峨天皇が社前を通りかかった際に、御車のかなえが折れ、神意を畏れてこの名がついたらしい。
5月第3日曜日に大堰川(おおいがわ)で王朝の船遊びを再現する三船祭も、この車折神社のお祭です。
境内に入ると本殿前に小石が積まれています。これは神社から授かった祈念神石を、参詣客が自宅に持ち帰って心を込めて祈り、願い事がかなった際は、御礼を書いた石を添えて奉納するという習わしによるもの。この石をチラっと拝見してみると色々な願いが書いてありました。「○○大学合格」「家内安全」とか一般的なものから「○○さんから早くお金を返してもらえますように・・・」という切実なものまで。。中には「宝くじ3億円当たりますように!」ってのがありましたけど、あれは本当に願いが叶ったんでしょうか。。石が境内に置いてあるということは、叶ったということなんでしょうけど。


芸能神社  
芸能神社


境内にある芸能神社は芸事の神様として知られる珍しい神社があります。その社殿の内側には、演歌歌手のステッカーや芸能関係者の名刺や札がびっしりと貼り付けられていました。「細川たかし」「五木ひろし」「北大路欣也」「逸見えみり・マリ」親子、宝塚歌劇団のメンバー、今はなきOSKのメンバー、壮々たるメンバーがずらりと並んでいました。こんなにこの神社が有名だなんて思いませんでした。。私もデビューしちゃおうかな!




                                     04.10.30 記:敦梅


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