羽織と袴のあいだ
第一幕:千二百年の都で
 「着てみたら? きっと似合うよ・・・。」敦梅の何気ないひと言から、すべては始まった・・・。
これは・・・和服ウルトラど素人・らくたろうが、お着物達人級・敦梅に助けられながら、ひとりの着物人として雅なる千二百年の都を旅するまでの成長の記憶である。

ある出逢いの日
 この前、新しく購入したカメラのテスト撮影で東山周辺を歩いていたオレ(らくたろう)は、建仁寺に入ったところで、着物姿で寄り添って歩くふたりとすれ違った。着物姿の女性はよく目にする京都でも、カップルふたり揃って和装というのはめずらしい。 思わず カメラを構えた。
本当のところはめずらしいというよりも、羨ましかったのだと思う。和の象徴たる京都は、着物人にとっては舞台である。その姿が伝統と格式の息づく街並みに溶け込む様は何とも奥ゆかしい。 そのような風景へ憧れるように、いつかオレにもそんな時が訪れればいい、そう思っていた 一時間後 ・・・
敦梅と出逢った。
きもののすすめ
 そしていくつかの時間が流れた今年の葵祭、着物姿で登場した敦梅に和装を勧められた。 「本当にやる気があるなら見立ててあげる」と言うのだ。その凛としたモノの言い方にちょっぴり緊張したが、一応やる気はあるのでトライする事を告げた。 この時、和装への恥ずかしさとか迷いはまったくなく、着物人になるための高いモチベーションがらくたろうを包んでいた。
だけど・・・着物ド素人のらくたろうには、着物=超高級品というイメージが付きまとっている。
自分の目でその現実を確かめようと、一応 視察に立ち寄った呉服屋の値札に書かれている漢数字を見ると、ため息が出た。敷居の高さを感じた。こんな商売はどっかのボンボン相手にやってくれ。 とてもじゃないけど、こんな値段の着物は無理だ。らくたろうはそんなセレブではない。だけど、和装への試みをこんなところで諦めたくはなかった。そこで、よく利用するヤフオクをのぞいてみる事にした。 そこには・・・なんとぉぉ〜 !! らくたろうの望む安価プライスの着物がズラリと並んでいるではないかぁ〜!!!羽織なんかでも二千円くらいから売りに出している!!! おっしゃぁぁ〜 これなら一万円もあればいけるぞぉぉ〜!!!と 意気込んだ
らくたろうは早速チョイスし始めた。
着物えらび
 ヤフオクの和服・着物カテゴリーにはかなりの数のオークションが出品されている。個人の人もいるけど、呉服屋さんがネットで商売されてるケースがほとんどだ。ざっと見たけど、やはり男性の和装は地味な印象を受ける。色は黒が好きならくたろうは、黒の着物を中心に探した。 すると・・・肩の部分にマークが入っている黒の着物がたくさん出されている。 どうやら
紋付というらしい。それを適当にチョイスして敦梅にメールで相談してみた。
らくたろう 「この黒の着物どう思う?」
敦梅 「紋の入ってる着物は、正装用だよ。着物にその家の紋がついてるの。気にならないのならいいけどね。」
らくたろう 「えっ!! 変かな?」
敦梅 「紋付じゃない黒っぽい着物にしたら?」
・・・という指導をいただいた。どうやらこの肩にマーク(家紋)の入った着物は正装用らしい。そういえば、どっかの歌舞伎役者とか結婚式の新郎なんかが着てたような気もする・・・・。
あぶねぇ〜危うく入札してしまうところだった !! そして、敦梅から続けて教えてもらったのは、六月は羽織はいらない という事と、六月と九月は着物が一重という薄い生地のを着るらしい。他にも”ろ”とか”しゃ”とか色々な種類があるようだ。ちなみに浴衣は七、八月に着るのが一般的らしい。 そうして、らくたろうは黒の一重の着物(新品)を落札した。
それを敦梅に見てもらうと・・・ (メール文↓)
らくたろう 「黒色の紋付じゃない着物にしたよ。」
敦梅 「それじゃ次は、着物の下に着る長襦袢を買わないとね。」
らくたろう 「なんなのそれ?」
敦梅 「着物が汚れるから、肌着に着るの。」
らくたろう 「絶対着ないといけないの?」
敦梅 「普通は着るよ。」
らくたろう 「その長○○、何て読むの?」
敦梅 「え〜、ながじゅばん だよ!」
・・・またまた指導をいただいた。着物の下には普通、長襦袢というシャツのようなものを着るようだ。敦梅アドバイスに従って、その長襦袢をヤフオクで探したが、虎とか鷹とか龍の絵柄の入っているような高級品しか出品されてなく、ガッカリしたらくたろうは長襦袢は必要なし!と判断した。 無謀にも着物の下は・・・”黒のTシャツ”を着る事にした(笑)
袴のおもひで
 らくたろう、袴には”おもひで”がある。 全校生徒 約1000人のマンモス小学校に通っていた らくたろう少年は、小4にして校内最高のカリスマフットボーラーとして運動場を支配していた。この頃はサッカーのうまい奴が一番偉く見られていたのだ。学校という閉鎖社会しか知らず有頂天だった らくたろう少年の行儀作法や態度の悪さを、両親は「これではいけない!!」と心底不安視したらしく、らくたろう少年を更正するため剣道の名門・養心館に強制的にぶち込んだ。嫌々ながら出向いた道場では「キェッえぇぇぇ〜」などと相手を威嚇する声で たたみかけてくる強烈なオっさんどもばかりだ。その鋭い竹刀に らくたろう少年はボコボコに打ち込まれ、世の中にはこんな場所もあるのだ・・・と世間の厳しさをその身体に刻み込まれていた頃
に剣道の道着として袴を身につけていた。 そんな おもひで もあってか、”袴”という言葉の響きには いまだに身の引き締まる思いがする。
なぜ着流しではなく袴にしようと思ったのかというと、坂本龍馬とか中岡慎太郎など強そうな奴は大体が袴をはいているようなイメージがあったからだ(笑) それにわりと似合う自信もあったし・・・こちらもヤフオクで落札。色は深緑にした。
※着流し・・・袴や羽織をつけない男子和装の略装。くだけた身なりをいう。
敦梅チェック
そして最後は足元だ。雪駄を1300円、靴下タイプの足袋(黒)を1400円で落札した。これでとりあえず一式そろった事になる。それらすべてを装着した状態を敦梅に事前チェックしてもらう事にした。らくたろうは着物ド素人とはいえ、やはり最初の一歩からスベりたくはない。改善できる点は、外に出る前に改めておこうと思ったのだ。


着物を身にまとい、袴をはいて、足元を整え、鏡の前に立った らくたろうの姿はまるでバガボンドの武蔵だった・・・考えていたイメージとは違ってた・・・らくたろうが最初にイメージしていたのは上賀茂神社の宮司さんのようなパリっとした姿である。 そのような 清々しい姿とは
見事にかけ離れていた・・・でも もう遅い、ここまで来てまた買い直す気にはなれなかった。もうバガボンド路線で行く事に決めた。携帯カメラで自分を撮り、とりあえず写メールで敦梅チェックを受けてみる事にした。 すると・・・


敦梅 「OK、いい感じだよ。」という反応が返ってくる。 おぉ〜どうやら意外とイケてるらしい !!
らくたろう 「おしっ、これでいくわ!!」


これですべての準備は整い・・・
らくたろうの着物人デビューの舞台となる らくたびツアーの日を待った・・・
着物人らくたろう
らくたびツアーの前日、敦梅にメールで連絡をとった。
らくたろう 「ツアーは着物で来るの?」
敦梅 「その予定だよ。」
らくたろう 「○○線の電車で行くなら一緒に行こう。」
敦梅 「了解。また待ち合わせ時間決めましょう。」
敦梅と待ち合わせて集合場所に向かう事になった。 ・・・予定通りの展開である。
このような連絡をとったのは、とにかく早く着物姿の同類と合流したかったからだ。


らくたびツアー当日、その日はいい天気だった。 用意した着物を身にまとい、ドキドキとワクワクの入り混じった気持ちで部屋を出た らくたろうはこの日が波乱に満ちた一日になることを
まだ知らなかった。


ちょっぴり恥ずかしがりながら、早朝の商店街を抜けていく らくたろうの着物姿をケーキ屋のおやじは見逃さなかった。「おっ、おはようございますっ!! 今日は何かっあるんですかぁ〜?」と天然記念物でも見たかのような興奮したテンションで話し掛けてくる。いきなりの反響にビビッた らくたろうは「えぇ、着物のイベントですっ」とかわして通り過ぎた。いや、いや、いやぁ〜部屋を出て50メートルでいきなり反響があってビックリした。 それにしてもまだ早朝なんで、人通りが少なくて助かったよ〜なんて思ってると、脇道からガラガラとかごを押して商店街に入ってきたおばあちゃんは、着物姿のらくたろうを見つけると ピタッと立ち止まり、まがった背筋を伸ばすと「はぁぁ〜」と、じいさんの若い頃を思い出すかのように見つめられた。 ちょっとちょっと、すごいぞ今日は !! 予想以上に激しい周囲の反響にらくたろうは思いっきりビビリ始めていた・・・


その後も電車を乗り継いで向かう駅のホームでも皆に見つめられた。いつもはカメラのファインダーから被写体を見つめているらくたろう、こんなに人から注目を浴びるのには慣れていない。 動揺しまくりのらくたろうは超カッコ悪かった・・・


とにかく 早く着物姿の敦梅と合流したかった。 パリッとした着物姿の敦梅と並んでいれば、
周囲も「何かのそういうイベントなのかなぁ」くらいにしか思わないだろう。敦梅と待ち合わせている駅はもうすぐそこだ。頼むからはやく着いてくれぇ〜と願っている矢先、ひとつ手前の駅で女子高生の大群が乗ってきた。一瞬にして囲まれた・・・ ぐおぉ〜最悪やぁ〜!!!その女子高生たちはらくたろうを見つめながら、何かヒソヒソと話している。もうどうにもならん・・・ 電車よ、いつもより10倍速く走ってくれっ〜と心より願う らくたろうは壊れそうだった・・・


そしてついに敦梅と待ち合わせている駅だっ!その駅のホームに電車が停車すると、らくたろうは女子高生のあいだを、「すっすいませんっ」とすり抜け、別のドアから電車に乗り込もうとする敦梅に走り寄った。異常な形相で襲い掛かるように詰め寄ってくるバガボンド風らくたろうにビックリした敦梅から発せられた言葉は・・・・
「じゅっ、じゅっぽ くらいはなれてぇ〜!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
チ〜ン
この瞬間、らくたろうは地球上に居場所を失った・・・・


こうして、らくたろうの胸に刻まれる思い出深い一日は始まった。
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