ちなみに「懸想文売り」は貴族のアルバイトだった為、独特の出立ちに顔には覆面。でもそんな姿が、カメラを手にした女性陣に大人気で、「懸想文屋さ〜ん、こっち向いて〜」とモテモテ状態でした(覆面の下は満面の笑顔だったんでしょうね)。この優美な風習は明治に一旦途絶えてしまうのですが、近年になって須賀神社で再開されました。尚、この懸想文に関する問題は第4回京都検定2級の問題に出題されましたが、検定本には載っていないので、実際に見ていないと難しいですよね。今後はこの様な問題が増えていく様に思います(汗)

さて続いては、金戒光明寺(通称:黒谷さん)へ。ここは法然上人が比叡山の黒谷を降り、草庵を結んだことに始まります。幕末には会津藩の本陣となり、新選組の隊士達も訪れた場所です。さらに時代をさかのぼれば、平家物語に登場する熊谷次郎直実が出家をした時に、武士の象徴である鎧を脱いで松に掛けたというエピソードが残るお寺でもあります。その松の前で(現在の松は2代目です)山村先生より、平家物語の一の谷のシーンを熱〜く、熱〜くお話頂きました。この一の谷のお話は、講座でも何度か聞いていますが、実際にゆかりのある場所で聞くと、教室とは違った臨場感がありました。また、平家物語と新選組、同じお寺で全く時代の異なる出来事が交錯するところに、改めて京都の歴史の奥深さを感じながら、金戒光明寺を後にしました。
その後、真如堂を抜け、宗忠神社へと向かいましたが、この金戒光明寺〜宗忠神社ルートは、4月になると桜色に染まるすてきな散歩道へと変わるそうです。街中に比べるとまだまだ“穴場”ということですので、春にもう一度訪れてみたいものです。 |