らくたび 京都の旅
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らくたび京都道中記
 〜 4/8(日) 古きよき京都を訪ねて 西陣の桜めぐり 〜
 
 京都の桜がピークを迎えた4/8(日)午後1時、烏丸今出川に集合。35名の大人数です。関東から参加してくださった方も多く、日本髪を結ってこられた着物姿の方やABC朝日放送の「ムーブ」のテレビ取材(4/12放映)もあり、賑やかにスタートしました。
まずは少し北にある大聖寺門跡へ。室町幕府第三代将軍足利義満が花の御所を築いた場所にあり、大聖寺門跡も義満が花の御所内に建てた岡松殿が起こりだとか。歴史の長いつながりを感じます。
花の御所の石碑を後に、露地のような細い道を通って室町通へ。この小さな通りが「室町幕府」や「室町時代」の名の由来になっているそうです。

さらに西へ行くときれいに改築された町家にたどり着きました。こちらは町家ギャラリーとして今年の2月にオープンしたBe京都HPはこちら)。多様な作家さんの作品が並んでいます。オーナーの内山さんが町家について説明してくださいました。以前は有名な映画女優のお宅だったそうです。

その横の光照院門跡を見て、さらに細い道を西へ進み、日蓮宗の中で最初に勅願寺となった妙顕寺に到着です。あの江戸時代の芸術家、尾形光琳や弟の乾山もこちらの檀家さんだそうで、となりの寺院にお墓がありました。境内の桜は満開なのにもかかわらず、観光客はほぼ皆無! という穴場。



さらに西へ行くとすぐ、人形寺として知られる宝鏡寺です。通常非公開ですが、境内をのぞくと向いの和傘老舗店「日吉屋」の和傘が干してありました。 いかにも京都らしい絵になる風景です。

その後、小川通では表千家と裏千家の家元の前を通り、さらに北側にある妙覚寺へ。
表門前の枝垂桜が満開でした。表門は聚楽第の裏門といわれ、数少ない遺構とされています。織田信長がかつては本能寺とともに常宿としていたそうで、もしも、あの運命の日にこちらに泊まっていたら、「本能寺の変」ではなく「妙覚寺の変」として歴史に名が残っていたかもしれません。
 
堀川通に出ると、北側に水火天満宮がありました。ここは見事な紅枝垂桜が2本、境内の空気が桃色に染まっているかのよう。あまりの美しさに立ちすくむ感じで見とれている人が多かったです。境内では菅原道真ゆかりの「登天石」の説明を聞きました。



その後、堀川通を渡って妙蓮寺へ。こちらの御会式桜は、お釈迦様の誕生日である4月8日(本日)に満開になるはずなのですが、ほとんど散っていたのが残念でした。(写真は昨年撮影したものです。)

 
この辺りから西陣の町家が軒を連ねます。その町中にひっそりと建っているのが雨宝院。弘法大師ゆかりの小さな寺院には、折り重なるように歓喜桜や観音桜が咲いていました。ここではお堂の前にお釈迦様が生まれた時に、甘い雨が降ったという言い伝えにちなんで、誕生仏に甘茶をかけられるようになっていました。
次に訪れた釘抜地蔵(石像寺)では甘茶の接待まであり、なんと綿菓子までいただいてしまいました。みなさん綿菓子を口にして、「何年ぶりだろ〜」と、喜んでいらっしゃいました。

 
そして千本釈迦堂のお亀さんの悲話が残るお亀桜へ。大きな柳のような枝ぶりの立派な枝垂れ桜ですが、少し遅かったようでかなり散っていました。

その後、花街の上七軒を通り抜け、北野天満宮にお参りして、最後は平野神社へ。ここでようやくたくさんの花見客に遭遇しました。桜の名所といわれるだけあり、約400本の桜はまさに圧巻。薄桃色の花の雲にすっぽりと覆われた境内にて解散となりました。

かなりの長距離散策、お疲れ様でした。ご参加ありがとうございました!

下の写真は昨年撮った、雨宝院(左)と千本釈迦堂(右)の満開の桜です。

 
 

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